ライダーによる大気計測
杉本伸夫(環境庁国立環境研究所大気圏環境部)
はじめに
ライダー(lidar)とはレーザーを光源とするレーダー手法で Light Detection and Ranging を略したものである1-3)。レーザーを使ったレーダーであるという意味でレーザーレーダーとも呼ばれる。レーダーという言葉は、radar (Radio Detection and Ranging) すなわち、ラジオ波による検知と測距という意味であるので、レーザーレーダーでは radio が余計である。最近は、ライダーという呼び方が定着しているようである。なお、ライダーは (Laser Identification, Detection and Ranging) であるという説もある2)。
ライダー手法には、測定に利用するレーザーと大気との相互作用の種類によっていろいろな手法がある。大気観測を目的とするライダーで通常、パルスレーザー光を大気中へ発射し、大気中のエアロゾル(浮遊粒子状物質)や分子による後方散乱光を測定する。レーザーを送信した時間から信号を受信するまでの時間遅れから距離が求まり、受信光強度からレーザーの光路に沿った散乱係数の分布が得られる。ライダー測定に利用される散乱の種類には、エアロゾルによるミー散乱、大気構成分子によるレイリー散乱やラマン散乱などがある。これらを利用してエアロゾルの空間分布や大気密度、大気成分の濃度分布などが測定される。また、レーザー光が散乱体までを往復する間に大気中の分子によって受ける吸収に着目し、吸収の大きな波長と小さな波長の2波長のライダー信号の比から吸収分子の濃度の空間分布を求める差分吸収法などの手法がある。
パルス光を用いた大気の観測はレーザーの出現以前からサーチライトを用いて試みられていた4)。1960年にレーザーが発明され、1962年にQスイッチによるジャイアントパルスの技術が可能となって間もなく、1963年には60-120kmの高層の大気の混濁度5)と地上近くの大気境界層のエアロゾル6)が測定された。その後、レーザー技術やエレクトロニクス、コンピューター技術の進歩に伴ってさまざまなライダー手法が開発されてきた。1964年には差分吸収ライダーが提案されルビーレーザーを用いた H2Oの計測7)が報告された。その後、色素レーザー、化学レーザー、炭酸ガスレーザーを用いて大気汚染気体の測定を中心に数多くの研究がなされた。また、色素レーザーやエキシマレーザーを用いた差分吸収法による成層圏オゾン層の観測手法8, 9)が開発された。ヘテロダイン検波を用いたコヒーレントライダー10)も1970年ごろから研究が始められ、炭酸ガスレーザーを光源とする風速測定用のドップラーライダーが開発された。さらに、ヘテロダイン検波を用いた差分吸収レーザーレーダーも開発された。高層大気の観測では,共鳴散乱を用いた中間圏のNa層の最初の観測11)が1969年に報告された他、レイリー散乱を利用した成層圏、中間圏の気温の観測手法12)が開発された。
一方、エアロゾルの測定におけるライダー方程式の解法は古くからの課題であったが、Klett13)による解法の提案などを契機に研究が進められ、ライダーのデータから大気の消散係数または後方散乱係数を定量的に導出することが可能となった。
航空機に搭載したライダーを用いた大気観測研究は1969年のサハラダストの観測14)あたりを契機に始まり、その後、米国や欧州を中心に航空機搭載ライダーの開発や観測が活発に行われてきた。航空機搭載ライダーはエアロゾルやオゾンの観測研究に著しい成果を挙げている。さらに、人工衛星からのライダーによる地球観測も1970年代の終わり頃から提案され数多くの研究やがなされてきた。1994年秋にはスペースシャトルからの初のライダー観測(LITE計画)15)がNASA(米国航空宇宙局)により行われ大きな成果が得られている。日本でもライダー実証衛星の計画が宇宙開発事業団により進められている。これは、ライダー観測技術の実証を目的とする小型衛星による1年間のミッションで、2001年の打ち上げが計画されている。
- 文献
1) E.D. Hinkley(ed): Laser monitoring of the atmosphere, Topics in Appl. Phys. vol.14.
Splinger-Verlag (1976).
2) R.M. Measures: Laser Remote Sensing, John Wiley & Sons (1984).
3) T. Kobayashi: Remote Sensing Review, 3, 1 (1987).
4) S.S. Friedland, J. Katzenstein, M.R. Zatzick: J. Geophys. Res. 61, 415 (1956).
5) G. Fiocco and L.D. Smullin: Nature 199, 1275 (1963).
6) M.G.H. Ligda: Proc. 1st Conf. Laser Technology, US Navy ONR, 63 (1963).
7) R.M. Schotland: Proc. 3rd Symp. on Remote Sensing of Environment, 215 (1964).
8) G. Megie, J.Y. Allain, M.L. Chanin, and J.E. Blamont: Nature 270, 329 (1977).
9) Uchino, O., M. Maeda, J. Kohno, T. Shibata, C. Nagasawa, and M. Hirono: Appl. Phys. Lett. 33, 807 (1978).
10) R. M. Huffaker: Appl. Opt. 9 (1970) 1026.
11) M.R. Bowman, A.J. Gibson, and M.C.W. Sandford: Nature 221, 456 (1969).
12) A. Hauchecorne, and M. L. Chanin: Geophys. Res. Lett. 7, 565 (1980).
13) J.D. Klett: Appl. Opt. 20, 211 (1981).
14) R.T. Collis, E.E. Uthe: Opt-Electron. 4, 87 (1972).
15) M.P. McCormick, D.M. Winker, E.V. Browell, J.A. Coakley, C.S. Gardner, R.M. Hoff, G.S. Kent, S.H. Melfi, R.T. Menzies, C.M.R. Platt, D.A. Randall, and J.A. Reagan: Bull. Am. Meteorol. Soc. 74, 205 (1993).
ライダー手法
- ミー散乱ライダー
レイリー散乱ライダー
ラマン散乱ライダー
共鳴散乱・共鳴蛍光ライダー
ドップラーライダー
差分吸収ライダー
ライダーの応用
- エアロゾル、大気構造、雲の観測
大気汚染気体、大気微量成分の測定
水蒸気の観測
気温、気圧の測定
風向風速の測定
中間圏金属原子層の観測
宇宙からのライダー観測
[ホームへ]