ミ−散乱ライダー信号の解析手法

ライダー信号の解析手法

 3−1 Slope法とSlant-path法
 大気が均一であると仮定して、消散係数を求める手法にslope法がある1, 2)。 距離補正したライダー信号 X(r)=P(r)r2を用いて式(1)を書き直し、微分を取ると次式が得られる。
      (3)

後方散乱係数が距離によらないと仮定してdβ/dr=0 とすると(3)式から均一な大気の消散係数σ0を求める次式が得られる。
        (4)

これがSlope法である。実際の解析では、距離補正ライダー信号の対数を取り、最小自乗法により ln[X(r)]の傾きを求める。
 (3)式より、条件|d β/dr|/β << σ が満たされるならば、(4)式の近似が良いことが分かる。実際の大気では、エアロゾルや雲による散乱がこれを満たすほど均一であることは一般的ではなく、slope法が適用できる状況は少ない。しかし、大気が水平方向には一様であるという仮定はより一般性が高い。そこで、Slant-path法が提案された3), 4)。この方法では、ライダーの観測方向の天頂角を変えてライダー信号を記録する。大気の水平方向の一様性を仮定し、天頂角をθ、鉛直高度を z とすると、(1)式から次式が得られる。
       (5)

(5)式の対数を取ると、
      (6)

となる。(6)式からある高度z に対してlnX(r,θ)をsecθ の関数としてプロットし、その傾きを求めれば、-2 τ(z) が得られることがわかる。すなわち、高度zまでの光学的厚さ τ(z) が高度の関数として求められる。これを微分すれば消散係数 σ(z)が得られるが、微分処理により誤差は増加する4)


 3−2 Extinction/backscatter ratio (S-ratio)法

 大気消散係数と後方散乱係数の間に関係を仮定する S-ratio 法は、最初に降水レーダーの信号の解析に用いられた5)。その後、ライダー信号の解析に応用され広く使われる方法となった2, 6-8)。この方法では、大気の消散係数と後方散乱係数の間に次式の関係を仮定してライダー方程式を解く。
      (7)

ここで、Bとkはライダー波長やエアロゾルの屈折率や粒径分布等に依存する係数である。kの値は経験的に0.67-1.3の間で9-12)、k=1と仮定されることが多い。また、パラメータとしてBの逆数のSがよく用いられる。
    (8)

以下では、Sを用いることとする。


  3-2-1 Forwardインバージョン法

 式(8)の関係を式(3)のライダー方程式に代入し、次の式が得られる。
    (9)

式(9)は1次の線形微分方程式で解析解が得られる。近距離に境界条件を置いて遠方へ積分する解は次式で表される。
    (10)

ここで、X(r0) と σ(r0 ) はそれぞれ距離補正信号と消散係数の境界値である。Sは距離に依存しない定数とする。消散係数の知られている手前の距離 r0 を境界とし、r0 における消散係数 σ(r0 )を(10)式に与えて遠方へ積分すれば、消散係数が距離の関数として算出できる。 (10)式は、受信信号と消散係数の境界値のみを含みライダーの装置定数を含まない。しかし、境界条件 σ(r0 ) を求める方法が問題となる。r0 を大気が一様とみなせる場所に選び、その周辺で前述のslope法により σ(r0 )を求めるのが一つの方法である。
 前述のように、(10)式の方法は、降水レーダーの信号解析のために考案されたが、物理的に意味のない結果が得られる例も指摘されていた5)。これは、(10)式の分母の積分項の係数が負であることによる。すなわち、雲などの大きな散乱信号に対して、距離と共に積分項が大きくなり分母が小さくなるため、境界値の誤差や信号の雑音に敏感で不安定になる。
 境界条件の与え方に関して、後方散乱係数に対する解が有利な場合もある。これは、(8)式を式(10)に代入して得られる。
    (11)

(11)式は、(10)式と同様の形を持つが、(10)式には無いSパラメータを含む。しかし、境界条件として、
    (12)

を用いることができる。ここで、Cはライダーシステム定数、T2 (r0 )はライダーとr0の間の往復の透過率である。X(r0 )/β (r0 ) の代わりに CT2 (r0 ) を境界条件として用いる利点は、境界値が個々のライダー信号 X(r0 ) に含まれる雑音の影響を受けないことである。例えば、衛星搭載ライダーによる高層の巻雲の測定の場合、システム定数は30 km以上のレイリー信号により決定され、T2 (r0 )は大気モデルなどにより決められる。


  3-2-2 2成分(エアロゾルと大気構成分子)を考えたforwardインバージョン法(Fernaldの方法)

 ミ−散乱ライダーの信号には、エアロゾル、雲などによるミ−散乱成分と大気構成分子によるレイリー散乱成分が含まれる。ミー散乱の消散係数、後方散乱係数は、エアロゾルや雲の分布や性質に依存して大きく変わる。一方、レイリー散乱の消散係数、後方散乱係数は、大気の密度分布から求められる。ミー散乱は入射光の波長の-1〜-2乗に比例するのに対して、レイリー散乱の消散係数は入射光の波長の-4乗に比例する。従って、波長が長い場合や雲などの強い散乱体からのライダー信号では、ミー散乱に比べてレイリー散乱の寄与を無視できる。その場合、1成分だけを考えたライダー方程式と解析手法が有効である。しかし、波長が短く、光学的に薄い対流圏のエアロゾルや高層の巻雲、成層圏エアロゾルなどの場合には、レイリー散乱の寄与が無視できない。Fernaldらは、分子散乱とエアロゾル散乱を分けて考えた2成分のライダー方程式の解析手法を考案した13)
 大気の消散係数 σ と後方散乱係数 β をそれぞれミー散乱成分とレイリー散乱成分、σ1、σ2と β1 、β2 に分けて考える。ここに、添字1はミ−散乱、添字2はレイリー散乱を表す。σ =σ12、β =β1 2 の関係を利用すると、ライダー方程式、式(1)、(3)および(9) は2成分の解析にも適用できる。レイリ−散乱とミ−散乱の消散係数対後方散乱係数比 S2 2 2 と S11 1 を用い、新しい変数 X'(r) を用いると(9)式は次のように書ける。
    (13)

ここで、X'(r) は次式で定義される。
    (14)

ここで、S1は定数と仮定している。式(14)と(9)は、係数が違うが同じ形の微分方程式である。従って、式(13)には式(10)と同じ形の解があり、次式が得られる。
    (15)

β =β1 + β2 の関係を利用し、また、式(13)を式(15)に代入すると次式が得られる。
    (16)

この解は、Fernaldら13) により求められた。さらに、 S11 1 を用いると消散係数に対する次式が得られる。
    (17)

  (16)式と(17)式の境界項(分母の第一項)はそれぞれレイリー散乱信号と大気密度から決定できる。すなわち、ライダー信号にエアロゾルが無視できる領域があれば、そこで境界項を与えることができる。(16)式と(17)式のいずれの場合もS1を与える必要がある。レイリー散乱に対するS2(= 8π/3 = 8.38)は定数であるが、S1は雲やエアロゾルの屈折率や粒径分布、形状等に依存する。水溶性のエアロゾルや水雲は、球形粒子で構成され、屈折率と粒径分布が分れば、ミー散乱理論によりS1が求められる。しかし、非球形粒子で構成される黄砂や氷雲(巻雲など)のS1は粒子形状に依存し、理論的取り扱いは複雑である。水雲のS1は、可視、近赤外の波長域で水滴の粒径分布にはほとんど依存せず14, 15)、その値は理論計算より18.2 sr(1064 nm)、実験から17.7 sr(632.8 nm)と報告されている14)。一方、エアロゾル、氷雲の可視、近赤外におけるS1は、10 sr 以下から100 sr 以上の大きな範囲で様々な値が報告されている16-23)

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