バイスタティックライダーの実験結果
エアロゾルが雲の生成を通じて大気の放射特性に影響する間接効果を定量的に解明するために、雲底付近の雲の粒径とエアロゾルを同時に観測することが非常に有効であると考えられる。このような観測を目的とするバイスタティックライダーの実験観測を今回「みらい」で初めて行った。
バイスタティックライダーは、通常の(モノスタティック)ライダーと違って、送信系と受信系の間を離したライダー方式である。すなわち、180度とは異なる角度で散乱を受信する。理論的な検討 (Sugimoto 2000) によると、散乱角179-178度で散乱の2つの偏光成分を測定することによって、水雲の粒径(粒径分布を仮定したモード径)を求めることができる。
バイスタティック方式の観測は、「みらい」に搭載されている国立環境研の2波長偏光ライダーに新たに受信系を追加することによって実現される。これによって、従来のライダーで得られるエアロゾル濃度、偏光解消度、エアロゾルの粒径の情報などと同時に雲の粒径を観測することが可能となる。海洋上では高度数百メートルの大気境界層の上端に高い頻度で対流性の積雲が生成するので、海塩粒子や各種のエアロゾルの影響を広い領域にわたって調べる絶好の観測条件が得られる。
今回の実験では、三脚に取り付けた受光系を、散乱角が179度前後になるように甲板上に設置して低層の雲を測定した。レーザーは偏波面が散乱面に45度になるように送信した。測定では、波長 532nm の散乱光の2つの偏光成分、すなわち散乱面に垂直と平行の偏光成分を独立に受信した。この2つの偏光成分の比(Pr/Pl)が粒径の情報を含んでいる。
ここでは、下の写真に示す2つのケースについて結果を報告する。左は対流性の積雲の場合で、右は雨の降りそうな層雲である。
下図にそれぞれの場合の実験結果を示す。上段は信号強度、下段は2つの偏光成分の比(Pr/Pl)である。それぞれ、高度時間断面で、横軸は10秒毎のデータ番号で表示してある(20分間に対応)。比の値(Pr/Pl)は、高度にも依存するが、同じ高度で比較すれば定性的に、大きいほど、すなわち図では赤いほど粒径が大きいことを表す。
いずれも例でも、ほぼ上端までレーザーが透過している。対流性の雲の場合は雲の上部に対流を反映した構造が見える。一方、層雲の場合は上端が平らである。(雲レーダーのクイックルックと比べると、層雲の場合、ライダーで見た雲頂と雲レーダーで見た雲頂がほぼ対応している。また、ゾンデデータでは層雲の雲頂辺りに弱い逆転があるようだ。積雲はクイックルックを見る限りでは、雲レーダーではほとんど見えていないようだ。)
対流性の雲の場合、雲底で粒径が小さく、雲の中で上に行くと粒径が成長ように見える。一方、雨の降りそうな層雲の場合、下の方で粒径の大きい部分も見られる。すなわち、成長した水滴が下層に降りている部分がある。測定の前半と、後半で雲の成長の異なる段階をみているものと思われる。この例について、強度と粒径の空間分布を比較すると、粒径の大きいところは強度は弱いというリーゾナブルな相関が見られる。
理論と比較して粒径の絶対値を算出してみると、(いわゆるC1 cloud を仮定する場合)半径数ミクロンから十ミクロンを越えるくらいまでのかなり広い範囲で変化している。また、対流性の積雲のいくつかの例について、境界層内のエアロゾル(海塩)が多い時と、少ない時を比較すると、雲底の粒径がエアロゾルが多い時に小さい傾向がみられるようである。
今回の実験によって、偏光バイスタティックライダーは測定手法として実証されたと言える。今後、「みらい」に搭載したバイスタティックライダーを用いて、各種のエアロゾルが対流性の積雲の粒径に及す影響を広範囲にわたって観測することを計画している。
Sugimoto, N. (2000): Two-Color Dual-Polarization Pulsed Bistatic Lidar for Measuring Water Cloud Droplet Size. Optical Review 7, 235-240.