航空機グローリーの研究

杉本伸夫(国立環境研究所)(December 28, 1998)

 先日、ユーロオプトのSatellite Remote Sensing のミーティングのためにバルセロナに行った時、飛行機の右側の窓側 の(翼の上でない)席にすわれたので、「航空機 グローリー」を長時間見ることができた。これは太陽を背にして飛行機の影を雲の上にみるときにその回りに虹のようにリングが見える現象で、登山者が太陽を背に雲の上に自分の影を見るときにできる「ブロッケンの妖怪」と呼ばれるものと同じ現象である。(「ブロッケンの妖怪」はブロッケン山でこの現象がしばしば見られることに由来する。)虹のようにと書いたが、この現象は、雲中の水粒による散乱によって生じるものと考えられるので、屈折による虹とは全く異なる。このリングは御光あるいはグローリー(glory)と呼ばれている。

 飛行機の影の部分を中心に、内側から青から赤の順でリングが見える。さらに外側に2番目のリングが見える。3番目まで、うすく赤いリングを見ることができた。(写真1を参照。実はこの写真はこの時のものではなく、以前に米国上空で撮ったもの。)面白いのは、まず、リングの大きさは飛行機と雲の距離にはよらないこと。つまり、色の見え方は、入射光に対する散乱光の角度で決まるということである。リングの大きさは雲の違いによって変わってもよいはずであるが、目視でそれを見るのは困難であった。それよりも、雲の種類によるリングの明るさの変化が顕著である。最も鮮やかに色のリングが見えるのは下層の白い水雲である。逆にシラスのような高い雲ではリングが見えなくなる。これは、雲が氷晶である(粒子が丸くない)ことによると考えられる。また、このような雲は全体に暗く見える。



写真1.航空機から見たグローリー。虹のようなリングの中心に航空機の影がある。
中心から右手に線状に見えるのは、飛行機雲の影である。

 この「航空機グローリー」の現象をもう少し考えてみる。薄い雲を通して太陽を見ると、太陽の回りに虹色のリングが見える現象がある。これは太陽直達光の雲粒による回折である。この現象は光冠(あるいは、コロナ、ビショップの環)と呼ばれている。

 一方、グローリーの方の仕組みは、一般の本によると、まだ良くはわかっていないと書いてあるものもあるし、太陽光が雲粒で散乱してその光が途中の雲粒によって回折されてできるという説明も見られる。しかし、グローリーは雲粒のミ−散乱(単散乱)の角度依存性で説明できる。

 Applied Optics, vol. 37, no.9 (1998) に"Light and color in open air"という特集号があるが、この中のSassen のペーパー(pp. 1427-1433) の中で、"It is well known from Mie theory that the glory results from the interference of light rays backscattered from two different mechanisms: internally reflected and circumferential (i.e., surface wave) ray paths, the latter of which is unique to spheres."と書かれている。(Sassenのペーパーでは非球形粒子の場合のgloryを論じている。)

 筆者が飛行機から見た一番目の赤のリングの角度(半角)大体2度くらいで、ちょうどその倍のところに2番目の赤のリングが見える。粒径分布を適当に仮定して、簡単なミー散乱理論でこのような小さな角度で複数のピークが出るだろうか?ミ−散乱理論による、波長 1053 nm と 527 nm に対する計算結果を図1に示す。(図1は雲のc1モデルに対するもので、粒径はγ分布で、中心粒径が4μm、aが2.373、アルファが6、bが1.5、ガンマが1としている。)なるほど、確かに小さい散乱角でピークが出る。白色光ならば、これが重なって虹のように見えるてもおかしくない。もっと粒径がそろっていれば2次、3次のピークもはっきり見えるのであろう。この結果の1次のピークは 527 nm に対して約2.2度であるので、赤(600 nm)のリングが2度に見えたという目視観測の結果から中心粒径は5μmくらいであったということになる。なお、回折による光冠の場合は同じ粒径でも干渉の角度が少し小さめになるので注意。



図1.ミー理論による後方散乱光の角度依存性

 ついでに前方散乱の方の計算結果も見てみたが(図2)、前方散乱の方にはこのようなリングはない。



図2.ミー理論による前方散乱光の角度依存性

 ところで、ライダー屋としては、この原理をライダーに応用することを考えないわけにはいかない。これを利用すれば、雲底付近の雲粒の粒径を比較的直接的に測定できる。太陽光の場合は雲の上の広い領域に平行光が当っているので、散乱光をイメージセンサーで見れば良いわけであるが、ライダーの場合はそうはいかない。レーザービームに対して、観測の角度を変える必要がある。従って、レーザー波長を固定するとすれば、受光系を数十から数百メートルのスケールで複数設けるかレーザービームを同じスケールで多数平行に移動して送信するかしか方法はない。どのくらいの範囲で移動する必要があるかは雲底の高さとレーザー波長による。(あるいはレーザー波長を大きく可変できればひとつの角度のみでもかなり良いかもしれない。)レーザー波長は短いほど移動範囲は小さくできる。波長が 355 nm で最初のリングの角度が 0.05 rad とすると雲底高度1km で30mのところにできることになる。従って、これをカバーする範囲で散乱光を移動して観測できるようなシステムとすればよい。

 現実的な方法として、
1)送信用のミラーか直角プリズムを多数配置してビームを平行に順々に切り替えて送信する。この場合、雲の異なる部分を見ることになるが、適当な時間、積算することによって平均的に角度依存性を求める。 2)ビームは1本で2つの受光系を使って、ひとつをビームの近くに固定し、もう一方を移動して測定する。雲の変化をビームの近くの受光系で規格化する。
いずれの方法もちょっと大変であるが、やってみる価値はあるのではないだろうか。
(改訂、July 18, 2000)

(その後の展開)
Nobuo Sugimoto: Feasibility of a Lidar Utilizing the Glory for Measuring Particle Size of Water Clouds, Optical, Review 6 (6), 539-544 (1999).
Nobuo Sugimoto: Two-Color Dual-Polarization Pulsed Bistatic Lidar for Measuring Water Cloud Droplet Size, Optical Review 7 (3), 235-240 (2000).
遠隔計測研究室ニュース2001年6月号の第4面(pdf)